2010年10月26日火曜日

うきぐも城のローラ姫 (ファン小説)

 きみは小さな歯車で ぼくも小さな歯車さ
 ひとつひとつは役立たず
 それでも二つあわせれば
 不思議な力が生まれるのだ

 真っ白なくもの上に不思議なお城が建っていました。
そこに一人っきりで暮らしているローラ姫は機械を直しているところでした。
最後のネジを締め終わって、ロールパンナ、と呼びかけようとしてローラは思わず振り返りました。
しかしそのとき、もう彼女はいないことに気がつきました。
もう何度目だろうと、ローラはついため息をついてしまうのでした。

 湯船に身を沈めローラは考えました。
わたしは、ずっと一人で空気を綺麗にする仕事をしてきた。
たまに手伝いを申し出てきたやつらも、私の汚染された髪を見ると逃げ帰っていった。
もう誰の助けも要らないと思っていた。期待を裏切られるよりそう思っていたほうが楽だった。
そこに彼女がやってきたのだ。
ロールパンナが。
彼女は特別だった。
ひどく汚染され黒くなってしまった髪を見ても動じなかった。
そして私に大切な事を教えてくれた。
「仲間」という物を。

 あの時別れなければ…と考えかけて、ローラはあわてて頭を振りました。
もし彼女がここにいれば私はどんなに嬉しいだろう。
でも、彼女からあの妹や他の仲間たちを奪うのは、あまりに身勝手な事だ。
そんなこと今まで何度も考えた事じゃないか。
私がこんなに未練がましいとは自分でも驚きだよ。

 しかしローラは機械を直すとき、髪を洗うとき、着替えるとき、考えないようにしていても、
どうしても、かいがいしく世話してくれたロールパンナのことを、思い出してしまうのでした。
ひとに髪を洗ってもらうのが、あんなに気持ちいいとは知らなかった。
あんたのせいであたいは寂しくてたまらないよ。

 この城にはどこもかしこもロールパンナの思い出が刻まれている。
庭の石段に膝を抱えて座り、咲き誇る沢山のまごごろ草の花を眺めながらそう思いました。
ローラにはここでロールパンナのために歌を作ったことが、まるで夢のように感じられました。
あの時と同じ月夜なのに、ここが本当に同じ場所なのだろうか、と思うぐらいがらんとして見えました。
そういえば、あの時以来ハープも触っていない。
私に歌を作るなんてどうして出来たんだろう?

 まごころ草の向こうに誰かが動いたような気がしました。
ローラは、気のせいだろうと思いました。この城を訪れる者などいやしない。
そよ風に揺れる花たちが、ありもしない人影を見せているのだろう、と思いました。
けれども月の光に照らされたその人影は次第にはっきりとしてきて、風になびくマントや真っ白な覆面が見分けられるようになったのでした。

「ロールパンナ!!」
 はじかれたようにローラは立ち上がって、駆け寄りました。
少し照れたように笑う覆面の少女は確かにロールパンナでした。
青白い月の光をまとったロールパンナはとてもきれいでした。
「どうしたんだい?あたいが恋しくなって戻ってきたのかい?」
 嬉しくてたまらないはずなのに、ローラは意地悪そうな声を出してしまいました。
「ローラの顔が…見たくなったんだ。」
 言葉少なくいうロールパンナはやっぱり変わっていませんでした。
「あたいは見せ物じゃ無いよ。」
 ローラは怒った顔をしようとしましたが、上手くいきませんでした。
ロールパンナは何も言わずにローラの隣に腰を下ろしました。
そうだった。ロールパンナは言葉より行動なのだった。
そう思い出してローラも腰を下ろしました。

「…ロールパンナ…。」
 しばらく二人で月夜のまごころ草を眺めたあと、さりげなくローラは話しかけようとしました。
けれども、言葉が何故か、のどに詰まったように上手く出てきませんでした。
そして振り向いたロールパンナの澄み切った瞳を見ると、何を話そうとしたのかも思い出せなくなってしまいました。
ローラの心からは、話したい事と、話すべき事と、秘めておくべき思いがいっぺんに出て来そうになって、ローラは何がなんだか分からなくなってしまいました。

 ローラは気がつくとロールパンナの胸で泣きじゃくっていました。
ロールパンナは、何も言わずローラの背中をさすってくれました。
あぁ、ロールパンナ、あんたはどうしてこんなにやさしいんだろう。
そう思っていると頭にぽつりと冷たい物を感じました。
顔を上げてロールパンナの顔を見ると、その目にも涙があふれていました。
「どうしてあんたまで泣いているんだい?」
 とローラは聞きました。
ロールパンナは驚いたような顔をして、自分の頬に手を当てました。
そして不思議そうにその手を眺めながら、
「分からない…。」
 と言いました。
ローラはくすりと笑い、目を袖で拭い、
「で?わざわざあたいの泣き顔を見に来たのかい?」
とまだ赤い目で、照れ隠しにそういいました。
ロールパンナは言いました。
「…わたしたちは遠く離れていてもずっと友達だ。」
「それを言いにわざわざ来たのかい?」
「…あぁ。」
 ただそのためだけに、こんな遠くまで飛んできたのだろうか?とローラは思いました。
ロールパンナにはきっと、もっと言いたいことがあるのに、言葉にすることができないのでしょう。
そう思い当たったローラは、なんだかとてもロールパンナが愛おしく感じられました。
そうか、私がくよくよしている間に、ロールパンナはさっさとあたいに会いに来たのか。
そう思うと嬉しくなってローラの心の真ん中から熱く快い感情が体の隅ずみにまで一杯になりました。
さっきまで泣きじゃくっていたのがうその様に心がうきうき、体がわくわくしてきました。

 ローラは笑い始めました。はじめはくすくすと、次第に大きく口を開けて笑いました。
泣いたり笑ったり忙しいな、とローラは思いそれもおかしく感じられました。
そしてロールパンナを思いっきり抱きしめました。
驚いたようにローラを見つめていたロールパンナも、いつしか一緒に笑い始めていました。
二人は笑いながらまごころ草の中に倒れて、それでも笑い続けました。
あぁ、一緒に泣いたり笑ったり出来る友達っていいものだなぁ。
初めて会ったときもこんなだった。
ローラは笑いながらそう思いました。

 ローラは目を覚ましました。
いつしか、まごころ草の花の中で眠っていたのでした。
月の傾きを見るとそんなに時間はたっていない様でした。
夢か…。とそう思いましたが、ふと思い当たりました。
ロールパンナにはまごころ草の花粉が入っている。
それなら、この花畑はロールパンナの心に通じていてもおかしくはない。
もしかしたらロールパンナも同じ夢を見ていたかもしれない。
互いを思う気持ちが、こんな夢を見させたのかもしれない…。

 ローラは、まごころ草の中で手足を伸ばしてみました。
長い間この城で暮らしていながらこんな事をするのは初めてでした。
風に揺れるまごころ草はかすかに鈴のような音色を奏でました。
そしてほのかな香りに気づきました。
あ、ロールパンナのにおいだ。
そうローラは思いました。

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